外国人夫と出会って結婚するまでに、私が見落としていた現実

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―「なんでこうなった?」と今でも思う20年前の話―

夫の仕事や性格の話はこれまで散々書いてきたが、
そもそも、どうやって出会って結婚に至ったのか?
肝心な部分を書いていなかった。

正直あまり思い出したくないが、
記憶を辿ってみる。


◆ ◆ 出会い:最悪の第一印象だった男

当時私は、北の街に移住して3年。
昼は派遣OL、夜はバイト、週末は飲み歩き、
行きつけのバーや飲み友達も多く、自由そのものだった。

そんなある日、仲良しの男友達が
バーに連れてきたのが夫だった。

その友人はバイリンガルで、
外国人だった夫は何かと生活に必要な手続き等を頼っていたらしい。

まず、最初に会った瞬間の印象は最悪。今思い出してもイラつく。

まず、自分がチヤホヤされていると思い込んでいる。
友人と同等だと思い込んで私をいじってくる。
“友達じゃないし!私をいじる権利はお前にはない”
と心の中でブチ切れていた。

今思えば、
その後なぜ関わり続けたのか、自分でも理解不能。

※念のため、私は全く欧米人に興味はなく、断然アジア系男子が好きだった。


◆ ◆ そこから、なぜか距離が縮まる不思議

その後も友人に誘われ、
夫と私の友達の4人で食事をしたり、
バーに行けば必ず夫がいる状態が続いた。

私はその頃、
大好きだった男性と縁を切ったあとの空虚な時期で、
軽い恋愛を繰り返して疲れ切っていた。

そんな心の隙だったのかもしれない。

気づけば夫からの誘いを受け、
二人で出かけることになっていた。

まったく好みではなかったが、英語習得したい気持ちと、
「今まで関わったタイプとまったく違う人間」に
興味が湧いたのだと思う。

夫は妙に真面目なところもあり、
食事に行く時にバラの花束を持って迎えに来たり、
真剣に何度も結婚観を語ったりしてきた。

「へー、そうなんだ」と熱心に話を聞いてあげたら、
距離が縮まってしまった。


◆ ◆ 同居へ:恋愛に疲れた私と、強引な夫

付き合ってからはお互いの部屋で過ごす日が増え、
自然な流れで同居へ。

しかし夫は今よりずっと頑固で高圧的。
言い合いも多く、私はかなり我慢を重ねていた。

とはいえ当時の私は、
恋愛にも夜のバイトにも疲れ果てていて、
「一人の人と落ち着くほうが楽」
と、どこかで思ってしまったのも事実。

しかし同居後は地獄だった。

夫の論破攻撃に耐えられず、
何度もプチ家出をした。

そのたびに夫はこう言った。

「追いかけてほしいんだろ?
attention(注目)がほしいから家出してるんだろ?」

馬鹿か、と思った。
本心はただ一つ。

「顔も見たくないからその場を離れただけ。」

話し合いにならず、
逃げないと自分が壊れる気がした。

しかし夫は私をつかんででも
自分の主張を最後まで押し付けるような人だった。


◆ ◆ 別れを決意。そして“あの出来事”が起きる

毎日のように言い合いが続き、
お互いに話すことも無くなっていった。

ある日、疲れきった私は別れを決意した。

仕事帰りに毎日アパートを探し、
引っ越す準備を進めていた。

その間も私は、

・弁当を作る
・食事を作る
・家事を全部やる
・家計管理もする

今で言う夫の「フキハラ」に耐えて全部続けた。
(自分でも呆れるほど我慢強かったと思う)

夫は嫌がらせなのか、
家の中でわざと大きな音を立てて歩き、
ドアをバンッ!と閉めたり、
行動で威圧をし続けていた。

毎日胃が痛く、
具合の悪さが続き、
「一緒にいることが心身に悪い」と本気で感じていた。

しかしその体調不良の原因は、
思いがけない妊娠だった

その時の私は、出産して一人で育てるか、中絶するか、
その二択しか浮かばなかった。

ただ、どちらの選択にしても一応伝えるべきだと思い、
妊娠を告げることにした。


◆ ◆ 直前に、夫が突然“別人”になる

ある日の夜、夫が帰宅すると、
態度が突然変わった。

理由はまったく不明。今でも不明。
ただ急にフキハラを止め、思いやりのある言動になった。

その“静かな変化”に背中を押され、
数日後に妊娠を伝えた。

すると夫は思いのほか大喜び、

「大丈夫、大丈夫、産もうね、楽しみだね!」

とかなり嬉しそうに言った。

なぜなら、
夫は昔からずっと、夫自身が不妊症だと思いこんでいたらしい。

これで私は、
別れ話と引っ越しの話を取り下げた。

その後、両家に妊娠報告をし、
入籍することになった――。


◆ ◆ しかし性格は変わらない

私が妊娠したのもあり、優しい態度は続いたものの、
本質的な高圧性は変わらなかった。

結局、その後20年間、
言い合いになるたびに、

「なんであの時別れなかったんだろう!!!」

という後悔が胸をよぎる。

夫と婚約していて別れた元カノ(日本人)について聞いたときも、
やはり内容からして原因は夫の“自分正義”の押し付けだったと察した。

本人は今も「相手が悪い、自分は正しい」と思っている。


◆ ◆ 変われない性格と、変わろうとした一瞬

人の性格は変わらない。
だが言動は変えられる。

今までは、外国人のため大目に見てもらっていた部分もあるだろう。
しかし、身近な存在になれば相手もしんどくなって耐えられなくなる。

夫もそれに薄々気づいていたのかもしれない。

結婚前、
飲み会帰りの夫を迎えに行った夜のこと。

泥酔した夫が、ドラマティックに自分に戒めるように、
道路の真ん中で大泣きしながら叫んだ。

「俺が悪いんだ、
こんなんじゃダメなんだ!!
こんな俺でもいいのかーーーっ」

後にも先にも私に泣いて縋ったのこれ一回。
突然の事でびっくりしてかなり引いたが、
その言葉から察した。

仕事でも人間関係でも恋愛でも、
頑固さが原因で色々とうまくいかなかったんだろう。
この人はもしかして変わってくれるかもしれない….と思った。

今は以前ほど攻撃的ではなく、
飲んでいても場によって主張を抑えられるようになった。

それは確かに成長だと思う。


◆ ◆ まとめ:私の20年の結婚生活の始まりは、まさかの“流れ”だった

夫との出会いも、
距離が縮まった理由も、
同居に至った経緯も、
妊娠して結婚した流れも、

今振り返ると、

「偶然と疲労と妥協が全部重なった結果」
だった気がする。

恋愛に疲れ、
一人でいるエネルギーもなく、
誰かと一緒にいるほうが楽だと思い、
そのタイミングで妊娠が重なり、
結婚へ。

それから20年間、言い合うたびに後悔が押し寄せ、
思い出すと許せない言動も山ほどある。

それでも——。

**幸運なことに、信じられないくらい

可愛く、美しく、カッコよく、賢く、優しく、
努力家で思いやりのある二人の子ども達を授かった。**

この子たちの存在だけは、どんな過去の選択でも
「まあ、これでよかったのかもしれない」と思わせてくれる。

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