Kotokoの国際結婚の現実

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英語力の問題か それとも文化の違いか

【言葉が通じなくても通じ合っていた】

結婚当初、夫はカタコトの日本語、私はカタコトの英語。
それでも、なぜかちゃんと会話が成り立っていた。
日本人同士の夫婦より、ずっとよく話していたと思う。
お互いを理解し合っていた――そう信じていた。

だから、結婚した。


【気づいた“息苦しさ”】

ところが、途中で気づいてしまった。
理解し合っていたんじゃなくて、私が合わせていただけだった。

夫は「自分が正しい」と信じて疑わないタイプ。
しかも、論破好き。
相手が何も言えなくなるまで、
自分の正しさをただ大声で主張してくる。
途中で間違っていると分かっても、絶対に主張をやめない。

決まり文句は――
「Let me ask you a question.」

この一言が出た瞬間、こちらの気力はゼロになる。
否定する答えを引き出すためだけの“質問”が始まるからだ。
しかも、その顔がまた腹立つ。

反論しようとしても、さらにヒートアップするのが分かっているので言葉が出ない。
そうすると夫は、「どうだ!」と言わんばかりの顔を向けてくる。
その直後には、いかにも
「口論しても君への愛は変わらないよ」
とでも言いたげに、何事もなかったかのように普通に話しかけてくる。

――虫唾が走る。

どんなに夫が正しくても、間違っていても、
私は結婚生活を維持するために黙る。

黙ったが最後、夫は勝利宣言。
満足するまで自分の正当性を押し付けてくる。
私が「間違いを認め、尊敬の眼差しで聞いている」と
盛大に勘違いしたまま、得意げに語り続ける。

――気が狂いそうになる。

夫はそれでさらに自己肯定感を高めていく。
でも、そのたびに何かを少しずつ壊していることに気づいていない。


【その国の男性が苦手になった理由】

夫が日頃から、「僕らはディベートをして育った」と得意げに語る。                そう、これがわが国の会話の楽しみ方なんだ!と。
文化の違いか、それともこの人の性格なのか…

私には、この国(人含む)が大嫌いだと言い切る日本人女性の友人が二人いる。

一人は、その国の大学に4年間通った人。
もう一人は、その国で仕事をしていた人。
どちらも現地の男性と深く関わりがあった。

彼女たちは、「うまくいかなかったから嫌いになった」のか、
「嫌いだけど、その人だけ特別だった」のか―当時私は分からなかった。

でも、判明した。両者の理由は私と同じだった!
私もその国の**“田舎のステレオタイプな男性”**が大嫌いになった。
その国の偏った正義感の押し付けも苦手。
まるで国ごと夫みたい。


【うらやましい別の形】

同じ国の男性と結婚して、
その国で幸せに暮らしている日本人女性の友人もいる。

タイプがまったく違う。都会的で、柔軟な男性。
うらやましい。
そして、比べても仕方ない。

なんだかんだ言っても、自分が招いた事だから。


【“嫁”でなくてよかったと思った瞬間】

それでも、夫との結婚で良いこともあった。
日本のように「嫁」であることを求められないからだ。
行事で呼び出されない、親戚に気を使うでもない。
これでかなりのストレスは軽減されているはず。
とても自由に感じられた。

――結果的には、自由の中にも、別の不自由があったけど。


【そして今】

英語が少し上達した。
口論のために。

でも、言葉の壁よりも、心の壁を超えるほうがずっと難しい。
私はその上にさらに高い壁を築いてしまった。                             

               

※子どもたちの国でもあるので、国名は伏せておく。

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