先日、10年前に我が家で1か月ほどホームステイをしたスウェーデン人男子から、
「日本旅行に来るから、そちらまで足を延ばして会いに行く」と、夫に連絡があった。
夫は、当然のように私を食事に誘った。
だが、私は正直なところ、
懐かしさで会いたいとも、思い出したいとも思わなかった。
なぜ会いたくなかったのか
我が家のホームステイ受け入れは、
夫がお願いされると「いい人ぶり」が発動して勝手に引き受け、
その後の苦労は、すべて私に丸投げされるからだ。
何度か受け入れはしていたが、
ほとんどが1泊や2泊程度。
1ヶ月は、私にとって1年に感じた。
当時、彼は高校生。
こちらの高校に通うため、自転車を用意し、
1部屋を丸ごと「高校生仕様」に整えた。
我が子たちは小学生。
私はすでに夫と寝室を分け、
ようやく手に入れた「いびきなしの熟睡生活」を送っていた。
それを手放したくなくて、
子どもたちと3人で6畳の子ども部屋に寝床を作り、
高校生に私の部屋を明け渡した。
生活は、もちろん私が全部担当
3食、洗濯、その他すべて私がする。
子どもたちは特に懐くこともなく、
一緒に遊んでくれたら正直助かるのだが、
彼は自室にこもり、ひたすらスマホゲーム。
普通に良い子だった。
でも、何を考えているのか分からず、
何を話せばいいのかも分からなかった。
食事もなかなか厄介だった。
彼は、我が家で一番多い
「甘辛い味付け」が苦手。
それを避け続けるのは、正直かなり大変だった。
「学食は飽きたから、お弁当を」
あまりに面倒になり、
昼は学食にしてもらった。
すると1週間も経たないうちに、
「学食は飽きたから、お弁当を作ってほしい」と頼まれた。
ある日は、日本でできた友人と釣りに行き、
大量の魚を持ち帰ってきて言った。
「この魚を夕食に食べたい」
主婦としては名誉なことなのだろう。
でもできる事、できない事もある。
私は、普段絶対やらない魚の下処理を
仕方なくした。それも大量に。
彼は、とても気持ちに正直だった。
やっと終わった1か月
そんなこんなで、1か月がやっと終わり、
彼は留学の残り1か月を過ごすため、次のホームステイ先へ移動した。
数日後、ほっとしていた私に、
次のホームステイ先のお母さんから電話がかかってきた。
内容は、
- 彼の考えていることが分からない
- 行動が理解できない(何か問題があった様子)
- 食の好みが面倒
- そちらではどう対応していたのか
……など、1時間以上の愚痴。
我が家にいた時は、確かに面倒だったが、問題はなかった。
子ども達がまだ小学生で、正直そっちの方が忙しく、
彼の事は、家ではほぼ放置に近かった。
それでも私の中では、
「夫が勝手に引き受けた仕事を押し付けられた」
という気持ちだけが残り、
良い思い出にはなっていなかった。
そして10年後
今回の食事の話は直前に決まったため、
私は「離れて住む子どもに会いに行く予定がある」という理由で断った。
夫は
「子どもたちも会いたいだろうから、帰ってきてもらって一緒に行こう」
と言ったが、
私は正直な気持ちを伝えた。
- 私にとって良い思い出ではないこと
- 子どもたちも彼に愛着がないこと
- わざわざ帰ってきてまで会いたい様子ではないこと
そして、
「あなたと彼で、気軽な居酒屋にでも行ってきて」
と伝えた。
夫は、私や子どもを否定することなく、
一人で出かけていった。
翌日、聞いた話
翌日、夫から聞いた話で、私は後悔した。
彼は友人を連れてきて、
夫は彼らと同じ歳の従業員を連れて行き、
結果的に4人でとても有意義な会食になったという。
彼は、立派な起業家になっていた。
そして、
ホームステイ当時の私にとても感謝している
と、繰り返し話していたらしい。
当時、彼は自分の家族との関係に問題を抱えていて、
朝ごはんすら作ってもらえなかったという。
我が家で、
朝昼晩、普通にご飯を作ってもらえたことが、
とても嬉しかったのだそうだ。
ある程度の放置も、
彼に自由を与えたようで功を奏した。
次のホームステイ先では大切に扱われたがゆえに、
18歳の彼には過干渉と感じ、とてもストレスだったようだ。
だから、
我が家が彼の中では評価されて、良い思い出となったのだろう。
自己嫌悪と、少しの救い
その話を聞いて、
「会いたくない」と思った自分が、
心が狭くて冷たい人間に思えて、少し落ち込んだ。
子どもに
「彼、リッチな起業家になったらしいよ」
と伝えたら、
「チッ、食事に行けばよかった」
と冗談を言われ、
それもまた、私を落ち込ませた。
――
私は性格がいい人間ではないので、
一人でも「感謝している」と言ってくれた人がいたことが、
嬉しすぎて、こうしてブログネタにしている。
正直なところ、
自己肯定感を上げるためでもある。
私の中で、
「ホームステイをいやいや対応していた」という気持ちは、
この話で「気のいいホストマザーだった」にリセットされた。
