外国人夫が抱いた“日本女性の幻想”と、私の20年の攻防記

この記事には広告やアフィリエイトリンクを含む場合があります

外国人男性が日本女性に抱くステレオタイプの一つに、
「控えめで従順、献身的で尽くす妻」 という像がある。

うちの夫も例外ではなかった。

彼は「ラストサムライ」で小雪が演じた“武士の妻”を見て、
あれが日本女性の“標準”だと思い込み、
そんな妻を夢見ていた。

――時代は江戸末期。
いやいや、現代の日本女性に何を求めているんだ、と言いたい。

だったら私にも、
古代ギリシャのスパルタ戦士のような、
鍛え抜かれた地上最強の男性を夫にする夢を語らせてほしい。


■ 私が“甘やかした”過去

とはいえ、原因の半分は私にもある。

付き合い始め、家で食事をする時は毎回料理を作った。
子どもの頃からそれが当たり前だったから、自然にやってしまった。

その後も私は働きながら、家事全般をほぼ全部こなした。
夫が私と付き合おうと思った理由の一つが
「全部やってくれる女性」だったと後から知って、
正直、胸にグサっと来た。

甘やかしたな…
今となっては後悔でしかない。


■ 同居が始まり、私は少しずつ“抵抗”を覚えた

ある日の夜。
夕食の片付けを終え、私はリビングでTVドラマを見てくつろいでいた。

夫は隣の部屋の窓際で水割りを飲みながら、
「Kotoko〜Kotoちゃ〜ん、Come here please〜」
と呼ぶ。

ドラマの途中なのに…と思いながら夫の元へ行くと、

夫は窓を全開にして一服しながら、
自分のグラスを差し出し、

「Could you make another one for me?
――おかわり作ってー」

は???

私は今、仕事も家事も終わって、ようやくくつろいでいる。
これからずっと、お前のグラスが空くたびに私はTVを止めて作りに来る…?
自宅でそんなメイドのような生活を一生続けるの??

と一瞬で察知した。

そこで即答した。

「自分でやって。」

自分を守るためだった。

それは結婚後も数回あったが、すべて拒否した。
私がキッチンに立っている時だけは夫がキッチンに入ったら狭いから作るけど、
自分がくつろいでいる時間を削ってまで夫の快適さに奉仕する気はなかった。

結果、夫はその後、私に“おかわり”を頼むことはなくなった。


■ “話を聞け”という圧

また別の日。

夫が定位置の窓際で風に当たりながら飲んでいる時、呼ばれた。

「Sit here and let’s talk!
――ここに座って話そうよ♪」

これは、
「黙って俺の語りを聞いていろ」
という意味である。

夫は話が長い。
酔うと「朝まで生テレビ」状態。
人の話は聞かず、自分の主張だけを滔々と語るタイプ。

私が一言でも意見すると、

「それは違う!」と長時間の論破モードに入る。

こちらが聞くふりをしたら何時間でも話し続ける。

そんな地獄に自分の時間を差し出すわけがない。

私は身を守るために言った。

「ごめん、忙しい。」

愛していたら私も話したいだろう。
一緒にお酒でも飲んで語り合うんだろう。

でも私の語りはそこには存在しない。
諦めと防衛策しか頭に浮かばなかった。


■ 夫からすると「だまされた!?」

夫からすれば、

「あんなに家事も料理も全部してくれたのに!
尽くしてくれないのか!?」

と思っただろう。武士でもなんでもない癖に…

必要最低限の家事は続けた。
収入も夫に頼らねばならなかったという引け目もあった。

でも 自分の自由時間まで差し出す義務はない。

夫には、夫自身のくつろぎくらい自分で作ってほしかった。


■ 20年の結婚生活で思うこと

気づけば、結婚してもう20年。

夫から私への頼みごとは山のようにあるのに、
私が夫に何かを頼むことは、ほとんどない。

夫が忙しいのは理解している。
だから私も、いやいやながらも引き受けている。
それが夫自身の事で自分でできるような事ばかりでもだ。

――でも正直、心のどこかでは思ってしまう。

「ああ、卒婚が待ち遠しい」

20年分の現実を、しみじみ噛みしめながら。

タイトルとURLをコピーしました