夫は基本的に “いい奴” だと思う。
気がよく、人に親切で、周りから一目置かれるタイプだ。
ただ――無意識で相手に圧をかける才能だけは天才的 で、
私のようなタイプとは摩擦が多い。
煙たがる人も少なくない。
そして夫には、昔から「いい人アピール」が多い。
ホームパーティーだの、BBQだの、イベントだの…
とにかく企画するのが好きで、大勢を呼びたがる。
そして基本上から目線で、目立ちたがり屋なのだ。
■ 夫の「言い出しっぺ」は、私の“重労働”で成り立っていた
ホームパーティーでは、
買い物、料理、準備、片付け。
ゲストが来ればその対応まで。
私は影武者。
夫がメニューを考えると、
- 現実離れした高額輸入食材
- 日本では実現不可能なメニュー
- 幼児・子ども・大人、配慮無しのメニュー構成
など、地獄の未来しか見えないので、結局 私が1から10まで段取りをやり直す。
そしてパーティーが始まれば夫は飲んで盛り上がる。
私は呼ばれ続けて走り回る。
終われば夫は酔いつぶれて寝ている。
私は遊び疲れて何も食べていない子どもに食事をさせながら、淡々と後片付け。
年1〜2回ならまだしも、しょっちゅうこれ。
※以前少し触れたが、年金全額払えない経済状態中の話だ。
■ 他人の家でも丸投げされる
夫の友人宅での持ち寄りパーティーでも同じ。
手伝うために早く行こうと急かされ、
私は急いで数品の料理を用意し、到着したら夫は飲み始める。
そして当然のように私に言う。
「Kotoko、奥さんを手伝ってあげて」
お前が手伝えよ…と心の中だけでつぶやく。
さらに、夫が思い付きで提案した友人とのイベントでは、
- 会場の利用申請
- 利用説明の受け取り
- 飲食の計画
- 周知や問い合わせ対応
全部私。
夫は言い出しっぺで幹事ぶり、当日だけ大きな顔をする。
■ 私の怒りの頂点と「発狂した日」
ある年、私は仕事と子育てで心身ともに限界だった。
そんな時、夫はまた勝手に知り合ったばかりの家族とのパーティーを企画。
私は何度も「行きたくない」と伝えたが、夫は完全無視。
嫌がる私に、みんなが喜びそうな手土産と料理の準備を指示し、
行く直前になって私が準備した手土産にケチをつけた。
そこで私は、人生で初めて表現付きで完全にキレた。
今まで積みあがった不満と、すべての我慢が爆発したのだ。
子どもの前で、声にならない叫びが出たほどだ。
「もう嫌だっ!
私は最初から行きたくないって言ったよね!?
勝手に決めて準備までさせて、なんで文句言われなきゃいけないの!?
自分だけ行けばいいでしょっ!!」
私の中の記憶では、
私は手に持っていた自分の携帯電話を床に叩きつけていた。
それほど頭に血が上っていた。
夫は驚き、無言で子どもだけ連れてパーティーへ行った。
正直、自分が一番驚いていた。
私はその夜、ひとりで深夜までカフェで過ごした。
※子ども達は小さすぎて覚えていない様子。
■ あの日を境に、私は“夫のイベント係”を辞めた
あの発狂以来、私はもうプライベートでの夫企画の
食事会・イベント準備は一切やらない と決めた。
以来、夫が自分の知人と集まる時は
夫が子どもだけ連れて行くスタイルに変わった。
家でパーティーを開くときは必ず私に事前相談があるし、共通の友人だけになった。
もちろん、共通の友人との楽しい集まりなら私も喜んで準備する。
だが、「夫の顔を立てるためだけのイベント」は、完全にノータッチ。
この境界線を引いてから、私はやっと呼吸ができるようになった。
※事業では、役員という名の影武者職務が続いている。
■ そして今の夫婦関係
あいかわらず、超簡単作業でも
“日常の雑務”は今でも私….
ふと思う。
私は20年間、夫の “いい人アピール” の影武者だった、と。
夫が外で「ジェントルマン」「親切な外国人」として扱われる裏側で、
その“いい人ぶり”を成立させるための細かい雑務を、
私はひたすら黙って担ってきたのだ。
これが結婚というもので、
稼ぐ能力のない私は黙って夫を立てるのが当たり前なのかと、
途中、諦めモードに入っていたのを思い出し、落ち込む。
いま、子育てもほぼ終わり。
“卒婚”という言葉が、ただの概念ではなく、
現実的な選択肢として見えるようになった。
そう思うだけで、心がふっと軽くなる。

