■「いい人アピール外国人夫」と20年暮らした結果、私が学んだこと

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夫は基本的に “いい奴” だと思う。
気がよく、人に親切で、周りから一目置かれるタイプだ。
ただ――無意識で相手に圧をかける才能だけは天才的 で、
私のようなタイプとは摩擦が多い。
煙たがる人も少なくない。

そして夫には、昔から「いい人アピール」が多い。
ホームパーティーだの、BBQだの、イベントだの…
とにかく企画するのが好きで、大勢を呼びたがる。

そして基本上から目線で、目立ちたがり屋なのだ。


■ 夫の「言い出しっぺ」は、私の“重労働”で成り立っていた

ホームパーティーでは、

買い物、料理、準備、片付け。
ゲストが来ればその対応まで。

私は影武者。

夫がメニューを考えると、

  • 現実離れした高額輸入食材
  • 日本では実現不可能なメニュー
  • 幼児・子ども・大人、配慮無しのメニュー構成

など、地獄の未来しか見えないので、結局 私が1から10まで段取りをやり直す。

そしてパーティーが始まれば夫は飲んで盛り上がる。
私は呼ばれ続けて走り回る。
終われば夫は酔いつぶれて寝ている。
私は遊び疲れて何も食べていない子どもに食事をさせながら、淡々と後片付け。

年1〜2回ならまだしも、しょっちゅうこれ。

※以前少し触れたが、年金全額払えない経済状態中の話だ。


■ 他人の家でも丸投げされる

夫の友人宅での持ち寄りパーティーでも同じ。

手伝うために早く行こうと急かされ、
私は急いで数品の料理を用意し、到着したら夫は飲み始める。
そして当然のように私に言う。

「Kotoko、奥さんを手伝ってあげて」

お前が手伝えよ…と心の中だけでつぶやく。

さらに、夫が思い付きで提案した友人とのイベントでは、

  • 会場の利用申請
  • 利用説明の受け取り
  • 飲食の計画
  • 周知や問い合わせ対応

全部私。

夫は言い出しっぺで幹事ぶり、当日だけ大きな顔をする。


■ 私の怒りの頂点と「発狂した日」

ある年、私は仕事と子育てで心身ともに限界だった。

そんな時、夫はまた勝手に知り合ったばかりの家族とのパーティーを企画。
私は何度も「行きたくない」と伝えたが、夫は完全無視。

嫌がる私に、みんなが喜びそうな手土産と料理の準備を指示し、
行く直前になって私が準備した手土産にケチをつけた。

そこで私は、人生で初めて表現付きで完全にキレた。
今まで積みあがった不満と、すべての我慢が爆発したのだ。

子どもの前で、声にならない叫びが出たほどだ。

「もう嫌だっ!
私は最初から行きたくないって言ったよね!?
勝手に決めて準備までさせて、なんで文句言われなきゃいけないの!?
自分だけ行けばいいでしょっ!!」

私の中の記憶では、
私は手に持っていた自分の携帯電話を床に叩きつけていた。
それほど頭に血が上っていた。

夫は驚き、無言で子どもだけ連れてパーティーへ行った。

正直、自分が一番驚いていた。
私はその夜、ひとりで深夜までカフェで過ごした。

※子ども達は小さすぎて覚えていない様子。


■ あの日を境に、私は“夫のイベント係”を辞めた

あの発狂以来、私はもうプライベートでの夫企画の
食事会・イベント準備は一切やらない と決めた。

以来、夫が自分の知人と集まる時は
夫が子どもだけ連れて行くスタイルに変わった。

家でパーティーを開くときは必ず私に事前相談があるし、共通の友人だけになった。

もちろん、共通の友人との楽しい集まりなら私も喜んで準備する。
だが、「夫の顔を立てるためだけのイベント」は、完全にノータッチ。

この境界線を引いてから、私はやっと呼吸ができるようになった。

※事業では、役員という名の影武者職務が続いている。


■ そして今の夫婦関係

あいかわらず、超簡単作業でも
“日常の雑務”は今でも私….

ふと思う。

私は20年間、夫の “いい人アピール” の影武者だった、と。

夫が外で「ジェントルマン」「親切な外国人」として扱われる裏側で、
その“いい人ぶり”を成立させるための細かい雑務を、
私はひたすら黙って担ってきたのだ。

これが結婚というもので、
稼ぐ能力のない私は黙って夫を立てるのが当たり前なのかと、
途中、諦めモードに入っていたのを思い出し、落ち込む。

いま、子育てもほぼ終わり。
“卒婚”という言葉が、ただの概念ではなく、
現実的な選択肢として見えるようになった。

そう思うだけで、心がふっと軽くなる。

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