🌏 国際結婚したら子どもはバイリンガル?

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――20年育てて分かった“残酷でリアルな話”

※これはあくまで私と家族の経験にもとづいた個人的な感想です。
バイリンガル教育は家庭ごとに全然違うので、「へぇ、こんな例もあるんだ」くらいで読んでもらえたら嬉しいです。

私は昔、
「国際結婚をしたら、自然と子どもは英語が話せるようになる」
と本気で信じていた。

結婚後も数年間ずっとそう思っていた。

家では父が英語、母(私)が日本語。
そのうち勝手にバイリンガルになって、
英語を話せない人から
「い~な~、ラッキーだよね!」なんて言われる、

そんな未来を信じていた。

――現実はそんな甘くなかった。


■ バイリンガルは“環境”だけじゃ無理だった

確かに、
小さいころから多言語環境で育てば伸びる子はいる。

でも、伸びない子も当然いる。

言語能力は「個人差」があまりに大きい。

  • 大人になってから何カ国語も習得できる人もいる
  • 母国語でも論理的に話せない人もいる
  • 会話はできても読み書きができない人もいる

私はそもそも日本語でも
“聞いて理解して、自分の考えを言語化する”のが苦手。

我が子にも、その血をしっかり受け継がせてしまったようだ。


■ 我が子は英語に毎日触れていたのに、なぜかあまり話さない

我が子たちには生まれたときから夫は英語、私は日本語で話していた。

3歳からは英語圏の子どもたちが使うテキストで
夫がフォニックスと英会話を指導。

負けじと私は国語の心配があって公文に通わせた。

夫は子どもたちを海外のサマースクールやサマーキャンプに参加させた。
短期で夫の実家近くの公立学校へ通わせたこともあった。
とにかく英語圏の国々へ連れて行った。

なのに――
英語、あんまり伸びない。

家では基本、子どもたちは私に話してくる。
夫とはあまり話したがらなかった。
英語で話すのが苦痛だったようだ。

一方で経営していた英会話教室には、
週1,2回しか来ないのに、
我が子以上のレベルに達する子もいた。

海外渡航にお金もかかった分、正直、めちゃくちゃ複雑だった

■ それでも中学では英語は上の中

試験英語は苦戦、会話はそこそこ増えたけど

中学生になって、学校の英語の成績は“上の中”または“上の上”で安定。

ただし、弱点があった。

「日本語を介す英語」に弱い。

彼らが習ってきたのは
**“英語で学ぶ英語”**であって、
翻訳や解釈に必要な国語力が足りない。

翻訳問題はとにかく苦戦。

  • 翻訳した日本文が変
  • 漢字が間違ってる
  • 主語を日本語で書き損ねる

という、**“日本の学校英語ならではの罠”**に引っかかっていた。

一方で、夫との会話はどんどん増え、
語彙は少なく日本語交じりだけど、
意思疎通はできるようになっていった。
しかし、ペラペラとは程遠いレベルだった。

追記:小学校高学年頃から、国語の成績もそこそこ上がった。
ただし――
普段の会話での表現力はまったく比例しない。
テストで点が取れても、言語センスって別の話なんだなと痛感した。


■ 私も20年以上英語を使ってきたけど、バイリンガルにはなれなかった

結婚して20年以上経つけど、
昔描いた“ペラペラの自分”は一度も実現していない。

仕事で英語を使っても、
英語を毎日勉強しても、
夫との会話が英語混じりでも、
私の英語は中学英語レベルから伸びない。

つまり――

国際結婚=自動的に英語ペラペラ は完全に幻想

身をもって知った。


■ 我が子は留学したら一気に開花する?

……と想像はしているけど

我が子たちは日本で育ち、
インプットは多くてもアウトプットが苦手。

きっと、自分の意志で英語圏に留学したら、
英会話力は伸びるのだと思う。

能力も、言語センスも、
しっかり私のDNAを受け継いでいるので確信はないが…

だからこそ、私はこう思う。

もし我が子がペラペラになったら、
それはその子のやる気と並々ならぬ努力の結果。

そう、ハーフだからじゃない。
バイリンガルは、才能と努力と環境の掛け算。

その真実を、20年かけて実感した。


まとめ:国際結婚したら英語ペラペラになる? → ならない。

「父が英語ネイティブだから」
「毎日英語に触れてるから」
「ハーフだから」

そんなのは関係なかった。

現実は、

  • 習得の仕方
  • 言語センス
  • アウトプット量
  • 本人の特性
  • モチベーション

これらで決まる。

うちの子がペラペラになる日は来るかもしれないし、来ないかもしれない。

でも本人がそれで納得していたらそれでいい。

国際結婚だからって、
バイリンガルが“自動付属”だと思うのは、ただの幻想だ。

私は20年かけて、その幻想を卒業した。

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